語られない闇を語る

司法試験、大学受験、労働問題、社会問題などを中心に、あまり語られていない・語りつくされていない闇について語っていこうと思います。苦難と失敗から得た知見を曝け出していく予定です。

匿名で語ることはずるいことではない。「実名で語れ」は暴論

 ネットの世界では、好き勝手罵詈雑言を吐く人が多いし、匿名をいいことに無責任な発言をする人も多い。

 そのせいで、十把一絡げに「匿名での発言は信用できない」と言われることも多いし、実名での発言に比べて軽んじて扱われることも多い。様々な声を拾い上げ、様々な意見や主張を吸収すべき大企業の社長ですら、匿名の意見は軽視したりする。

japan.cnet.com

 

 とにかく匿名で語ることは悪く言われがちであり、「まともに取り上げてもらいたいなら正々堂々と実名で語れ」と言われることも少なくない。

 しかし、匿名で語ることは、堂々としていない悪いこと・ずるいことなのだろうか?

 何かを語りたいときは、実名で語るべきなのだろうか?

 私の思うところを書きたいと思う(結論はタイトルで既に書いてるけど)。

 


○匿名でしか語れない内容のことは多い
 人は、色々語りたいことをもっているだろうが、人目や世間体、社会的評価を気にして語るのをためらうことは少なくない。

 何も悪口とか差別言論に限った話ではなく、本来であれば情報を色んな人に発信することで有益になるようなことでも、リアルではなかなか語れないことは多い。

 

 例えば、リアルの世界で、性的少数者だとか、発達障害だとか、精神疾患にかかったことがあるだとか、家族が自殺しただとか容易に打ち明けられるわけがない。


 特に、性的少数者はバレれば偏見や差別に遭うおそれは高い。発覚すれば気持ち悪いと思われ酷い仕打ちを受けるものだ。

 みなさんも学生時代を思い出してほしい。ホモっぽかったりオカマっぽい子はいじめの対象だっただろう。※1
 「身近にLGBTなんてほぼいなかったし5%とか嘘やろ、電通のデマだろ」という人は多いが、頭の良い人は差別に遭わないために当然隠しているのである。辛い思いを打ち明けて傷を癒そう、当事者の立場から何かを社会に訴えかけようと思っても、なかなかネットぐらいでしか本音は語れないのである。

 

 また最近では、発達障害精神疾患に関するブログも増えている。

 本人や親の苦悩・対策が多く語られることで、同じ苦悩をもった人を勇気づけ助けているが、これもなかなかリアルでは打ち明けられないものだ。障がいというと、どうしても人は偏見を持つし、警戒心をもたれる。当事者が何かを語り、社会に訴えかけようと思っても、ネットぐらいでしか語ることはできないのだ。

 今も昔も、ADHDの子は「やる気のない子」と言われ大人たちから酷い仕打ちを受けたり、大人になってからも仕事が上手くこなせなくて苦しい思いをしたりしているが、多くの当事者や保護者が語ることで、家族・社会の理解を得たりより良い生き方が見つけられたりする多大なメリットが生じている。

 これは、実名でしか語れなければ、生じなかったメリットだろう。匿名で語ることができたからこそ生じたメリットである。

 

 

○実名だと身の危険が生じることも匿名なら語れる
 それに、大学の研究不正を語るとか、病院における医療ミス問題を語るとか、会社のパワハラや酷すぎる内実を語るみたいなことも匿名でないとなかなかできない。

 というのも、実名だと組織から圧力をかけられるおそれがあるし、嫌がらせを受けるおそれもあるからだ。実際、実名で不正を追及したら↓のような事態にもなることも多い。

bylines.news.yahoo.co.jp

 

 さすがにロシアと違って、暴力団絡み以外では生命の危険が及ぶおそれは少ないだろう。

 しかし、ニコ生などでも、実名がバレたり住所がバレたりして嫌がらせを受けるような事件は度々起きているし、念のため実名はできるだけ避けた方が安全だ。

 実名で語ることを強要されれば、本人は委縮して、社会にとって有益な情報を暴露することができなくなってしまう。それは組織にとっては好ましいかもしれないが、社会にとっては好ましくないだろう。


 

○ある属性を見られず、フラットな立場で物事を語りたい人もいる。

 どうしても実社会では、何を語るかではなく、誰が語るかが意識されがちである。

 役職や年齢、性別、容姿などが否が応にも考慮されてしまうわけである。

 

 しかし、ネットであれば年齢や性別などを隠して発言をすることができる。

 お偉いさんであっても容赦なくダメ出ししてもらえるし、若く美人な女でも変な男に付きまとわれることなく活動することができる。男だから女だからという色眼鏡で見られることもないのである。

 

 

○何を語るかがで勝負できる

 実社会では、上の立場の人の意見ばかりが強調され、採用される傾向にある。誰が発言するかこそが大事であり、いくらまともなことを言っていても立場の弱い人間の意見は通らない。発言力がないのである。

 

 しかし、ネットでは、誰が語るかわかりづらいことから、何を語るかが重視されやすい。

 大学生だろうとニートだろうと、合理性の高い素晴らしいことを言っていれば称賛されるし、発言力をもつことができる。

 私のような実社会では弱者の人間でも、発言の合理性・正当性という武器を利用することで、発言力を持ちうるのである。

 

 

○ゆるい付き合いが期待できる。

 趣味の世界で、気の合う人と楽しく過ごしたい人は非常に多い。

 実社会では、どうしても趣味以外のことでも関わりを持たないといけないし、鬱陶しい人付き合いも増える。

 

 しかし、ネットの世界であれば、気の合う人と好きな時にだけ繋がることが期待しやすい。

 負担やしがらみの少ないゆるい付き合いをすることが期待できるのである。


 

 以上のように、匿名でしかまず語れないことは少なくないし、匿名で語ることは色んなメリットがある。

 誹謗中傷をしても自分自身は叩かれないことを利用したいわゆる「安全圏から人を叩く」こと、適当なことを言っても糾弾されないという責任逃れは批判されるべきだが、匿名で語ることは決してずるいこと・悪いこととは言い切れない。

 

 誹謗中傷や責任逃れではなく、まともなことを言う分には匿名であっても特に問題ないはずであり、批判される筋合いはないだろう。

 

 

※1:一般人の認識を正確に表現するため、あえて差別的表現であるホモやオカマを使っています。ご了承ください。